「さりげない一言」が心を和らげる・・・
先日の新聞の投書欄に、「ごくろうさま」の一言が、人の間を円滑にするというようなことが書いてありました。その通りだと、私も思います。
たとえば、私のことで言えば、
私宅に電話をかけてきた方で、「お休みの所申し訳ありません」とか「ご自宅にまで申し訳ありません」という方がいます。自宅にまで電話をしなければ、と思うほど切羽詰まっているのだろうとは思いますが、この一言があると無しでは、こちらの感じが異なります。
同じように、学校へ電話をしてこられたことでも同様です。「わざわざお呼び立てして申し訳ありません」と言われると、4階からわざわざ降りてきた苦痛(ほんとに、降りてくるのは結構大変なんです。仕事途中の場合は、またすぐに上がらなければならないので)が、和らぎます。
また、連絡帳で連絡を下さる場合、「いつもお世話になります」と書いてあれば、世話するのは私の仕事、とは思っていても、悪い感じはしません。
これは、対私の場合だけではなく、お母さん達同士でも同様ではないでしょうか。
「いつも仲良くしてもらって有り難うございます。」とか「先日はお宅におじゃまして」とか「先日はご迷惑をおかけしてごめんなさい」とか、始めにちょっとした一言が、あるかないかでその後の会話が違ってくるのではないかしら。・・・雑感です。
動物を好きになる学校にしたい
○○ ○○ ぼくは、飼育委員です。しかし、最初は、どうしたらよいかわかりませんでした。
文鳥の小屋にあったゴミは、どこに捨てていいのかわからなくて、適当に捨てていました。そんなとき、先生が、
「動物と仲良くなろう。」
と言いました。
「そうだ。動物と仲良くならなきゃいけない。」
と、ぼくは思いました。
そして、次の日、ぼくは、いつもより早く行ってそうじをしました。
ぼくは、動物小屋のそうじを1回も休まない目標を持ちました。 しばらくやっているうちに、飼育委員の話し合いがありました。その日まで、ぼくは、1回も休んでいませんでした。
その次の日のそうじの時に、ぼくたちがそうじをしていると、1年生がやってきて、「さわりたいなあ。」と言っていました。ぼくは、ウサギを持ってさわらせると、まんぞくして帰っていきました。
「あの1年生達は、きっと動物が好きなんだなあ。」と思いました。
ぼくは、もっとみんなが動物を好きになってくれるようにがんばりたいです。
この頃、教室が汚い
気がつくまで、言うのは止めよう、と思っているのですが、我慢仕切れずに私がやってしまうことがあります。
たとえば、ゴミ箱。
ゴミがあふれていても、掃除の子達はそのまま押し込みます。言わないといつまでもその調子が続きます。
ロッカーの上。
物置にするなと言いますが、片づけてちょっとすると元の木阿弥。
流し。
□□君が、気がつくときれいにしてくれますが、他の子は、そこへゴミや、食べ残しを平気で捨てます。ですから、すぐに詰まって、「せんせーい」と来ます。そんなこと知ったことか・・・
給食時の食器の後かたづけも汚い。これはいったい、個人の躾なんだろうか、集団の暴走なんだろうか。