第22号  1996,10,15(火) 東京のある小学校 5年1組

「和の輪」インターネットバージョン


勉強は着々と・・・

 そろそろ徐々に上の教科書から下の教科書に変わります。何人か、その新しい教科書がないと騒いでいる子がいましたが、さて、さて。

<国語>は、とにかく最近は書くことばかりです。杉並区の文集の応募するための作文から始まって、先生との思い出、新聞を読んでと立て続けに書いています。漠然と、ただ書きなさいと言うのは難しいようですが、こちらから題を与えて書かせると、結構いい作品が書けるようです。が、まだ、構想を練って、詳しく書き、更に推敲までというのは難しいようで、これからのことです。

<算数>は、図形で、面積の公式を覚えましたが、これは、繰り返し繰り返ししないとすぐに忘れてしまうので、折に触れ意識づけないといけません。加減乗除の計算はもう終了です。未だにわからない子は、これも繰り返し繰り返しする以外に、身につける方法はありません。根気勝負です。計算ドリルは、1回目の締め切りが終わりました。期日を守れた子は、17人です。今週は残り勉強週間です。終わるまで、毎日4時帰りです。土曜日はできるまで居残りです。

<理科>は、天気や太陽、月の観察が始まります。特に月は、夜、家庭でということが多くなりますので、ご協力をお願いします。以前行ったときには、「ウサギさんがきれいだった。」という素直(?)な感想が出されました。さて、その後、ウサギさんはどうなったのでしょう。

<社会>は、自動車工場について調べます。課題の見つけ方にだいぶ慣れてきたようです。

<家庭>袋作り。苦労しています。速い子はもう完成ですので、先生にして手助けをしてもらっています。



○○先生のこと            ○△■◎

 ぼくが3年生の時の担任は、なんと、学校で一番こわいと言われている○○先生でした。いっしゅん、体が固まってしまいました。ぼくは、落ち着け、落ち着けと思いながら、先生の話を聞きました。「もう帰ってもいいよ。」と言ったとき、ぼくは、「明日、いきなりお説教かな。」そう思いながら帰りました。
 次の日、授業が始まりました。先生は、ぼくが思っていたより、とてもやさしいし、つまらないだじゃれを言ったりしておもしろかったです。また、花もとっても好きで、ぼくの想像をこえた、やさしい明るい先生でした。ぼくは、毎日が楽しくなりました。
 5年生になって、クラブも委員会も○○先生がいました。ぼくは、いっしょうけんめい仕事をしました。早く、先生にいいところを見せるぞ、とがんばりました。先生が、いつの間にか応援してくれていました。ぼくは、うれしくなりました。
 今は、担任じゃないけど、先生がそばにいるみたいな感じがします。



先生、ありがとう           △■○△

 私は、2年生の時、どうしても九九ができなくて、20分休みもお昼休みも放課後も、九九の勉強をした。五の段まで言えるようになったが、6×3でいつもつまってしまう。クラスの中で1人だけ九九ができない。
 でも、私ははずかしくなかった。クラスの中で、たった1人だけ、先生にかまってもらえたのだから。たとえ九九の練習でも、先生と一緒だからうれしかった。
 どうにかして九九を覚えようと、家でノートに練習した。やっとできた。私は、次の日が楽しみだった。早く先生に見せたくて走って行った。もうすぐ先生に見せられる、と思ったら、その喜びも一瞬に消えた。先生はこう言ったのだ。
「昨日、11時半まで起きていたんだって?おばあちゃんから電話きたわよ。」  私は、九九の練習をしていたのだ。「注意」ということがまだわからなかった私は、泣きながら廊下を走った。先生にきらわれたと思って、涙が出た。ずっとトイレの中で泣いていた。そのときから、先生とあまり話さなくなった。友だちが、心配して「どうしたの?」と聞いてきたので、私はそのことを話した。
 次の日、先生が、「先生ね。百合ちゃんのこと嫌ってないから、だいじょうぶよ。」と言ってきた。友だちが言ってくれたのだ。その日から、また、先生と九九の練習をした。3学期の最後まで一緒に練習した。3年生のクラスがえで、先生と別れるのがこわかった。
 九九を言いながら泣いていた。このことは、一生忘れない先生との思い出です。




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