夏休み特別号  1996,07,29(月) 東京のある小学校 5年1組

「和の輪」インターネットバージョン


子供の作文から・・・

説教なくすぜ 打倒二学期

「こんちくしょうー」
 ぼくは、本ちゃんに怒られてばっかり。けつ叩かれたり、廊下に出されたり、空気イスをしたり、とにかくうんざりでした。何でたくさん説教されるのか、ぼくは、そんなとき強く思う。
「どーして本ちゃんに説教されるのか、どうすれば説教から逃れられるのかなー。」
考えた末の答えは、必ず、「逃げる。」これだけしか浮かばない。
 けど、ぼくはその答えはあってないと思う。けど、ぼくは、その答えを友達に教えてもらうのでなくて、自分で解決したいなーと思う。
 そう考えているうちに、移動教室のグループ決めがやってきた。移動教室は、とても楽しかった。ぼくは、子供会でモジャダンスをひろうした。しらけたけど、けっこう爆笑された。
 その移動教室が終わっても、やはり答えはわからない。わからないまま、時がたち、遠足が終わり、運動会が終わっても、まだ答えはわからない。
 けど、不思議なことに気がついた。
「説教って、悪いことをしたらされるんだ。ぼくが、悪いことをしてるからされるんだ。ということは、規則を守ればいいのか。もっと簡単に言うと、“けじめをつける”ことだ!!」
 よーし。こうなったら、打倒本ちゃん。
 打倒二学期!!



本ちゃん

 本ちゃんというのは、私のこと。母親よりも年上の私を彼らはこう呼んでいる。
 教室で、休み時間などにこう呼ばれるのは何でもないが、廊下の遠くから、大きな声で呼ばれると戸惑ってしまう。勿論、授業中は、完全に無視。
 親しいのもいいが、けじめだけはつけさせようと考えるから。



この作文を書いたA君

 さて、この作文を書いたA君。
 末っ子のせいもあって、とても甘えん坊。5年生なのに、油断しているといつの間にか私の膝を椅子代わりにしているような子です。

 そのA君。ある日、宿題の計算を、答えを丸写しにしてやってきました。黙っていればわからないものを、やはりそこは正直な子ですから、黙っていることはできませんでした。

 その上で、「でも、ちゃんとやってきたんだから、許してよ。」といういつもの甘えた声で言ってきました。
「先生は、それでもいいと思うよ。でも、自分の良心はそれでいいの?」
「・・・」
「勉強って、先生のためにやるんじゃないし。嘘ついてごまかして、それで自分の良心がいいって言うんっだったら、もう、それ以上先生は言うこと無いよ。でも、残念だなあ。」
「うん、わかってる。」
「あとは自分との戦いだね。先生は、勝つことを願っている。」
「うん、戦ってみる。」
「じゃあ、夏休みが終わってからでもいいから、ちゃんとやってきて出して欲しい。」
「うん、がんばってみる。」

 さて、結果は夏休みあけです。でも、この暑さで、忘れちゃってるかなあ。




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