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2009年8月1日(土) |
新宿(0927)--練馬IC(1011)=<関越自動車道 高坂SA(1050〜1105) 藤岡JCT(1159)>=<上信越自動車道 佐久間SA(1250〜1310) 上越JCT(1442)>=<北陸自動車道 まだちSA(1450〜1505) >=小杉IC(1621)--(1640)高岡(1720)--(1730)柿の庄(1825)--(1955)七尾(2400)--(0015)七尾ホテル 宿泊 : ルートイン七尾駅東 |
先週に引き続いてのお祭りとなる。 |
![]() 1−2 高岡七夕祭り (1640〜1720)北陸随一という触れ込みの七夕祭りだったが、わざわざ観光に来るほどにはなっていないというのが正直な所。何とか盛り上げようという商店街の意気込みは伝わってくるが、何しろ規模が小さい。その割には露店が両側の道にびっしりと並んでいた。七夕よりも目を惹いたのが、路面電車。さながらヨーロッパのトラムだ。新しい電車で、中もゆったりした設計になっていてきれいだった。 |
1−3 柿の庄(1730〜1825)![]() ただ天ぷらは盛りつけられている陶器の外側から暖めていたのだが、からっとしていなくて、油っぽさが目立った。折角のこの地方の今がたぶん旬の時期の白エビの天ぷらが残念な状態だった。 |
1−4 能登キリコ「石崎奉燈祭」(1955〜2400)![]() その甲斐あってちょうど山車が出発する所だった。 山車は、正確には「キリコ」という。能登の各地で行われている祭りだが、ここの物は、能登では最大のもので、高さが約12〜15mもあるのだそうだ。それが6基並ぶ。 ![]() 笛の合図とかけ声に合わせて肩に担ぎ、少し進んでは休む。スピード感はないが、観ているこちらも力が入る。予めこの大きさが通れるように電柱は片側に並んでいるだけだが、それでも時々ぶつかりそうになって冷や冷やさせられる。旨くすり抜けると拍手が ![]() 人にもまれながら最後のキリコについてゴールまで行った。そこからまた折り返すことになっているので、今度は定点で全てのキリコを見ようと、途中の良さそうな所に場所を決めた。人の家の石垣の上なのだが、一寸ごめんという所。ゆっくり座ってみようと思ったのだが、ちょうどそこは若者達の通り道になっていて、危ないと注意されたので、junさんは石垣の中の植え込みにごめん。noriは石垣の上に立ち上がってみることになった。こういうのがいるから、観光客は困りものだ。それでも、我々がすぐによそ者とわかるのだろう、現地の人から2度も声をかけられた。それだけ自慢できる行事なのだろう。その話の中から、この日は午前中は大雨だったそうだ。今はすっかり上がっている。先週に引き ![]() また、この道に面した家々は、間口が大きく開口していてこの祭りが見やすくなっている。道に面した部屋はどの家も宴会が出来るほど大きく広くて、どの家でも賑やかだった。キリコを担いでいる若者の数にも驚いたが、これらの各家に集まっている人の数にも驚かされた。お盆に帰省するようなものなのだろう。(こうした町並みの構造は、御柱が通るまちまちでも見られた。類似性を感じた。また数多くの若者が参加しているが、同級生などをかき集めてきて成立していると言うことだ。祭りにこれだけの若者が参加していることには驚かされたが、 ![]() Uターンしてきたキリコを全て見送った後、地元の人について裏通りを先回りしてまた先頭から見た。さっきは絵の方を前にして進んできたのだが、今度は文字の方を先頭に進んできた。ただ、最後の1基は気の毒に電気がショートしたとかで明かりが全て消えてしまっていた。 全てを見送った後、また戻ってくるのだが、もういいのだろうと言うことでバスの所へ引き返した。既に殆どの人が集まっていた。待ちきれない人たちはタクシーで早めにホテルへ向かったそうだ。更に後から帰ってきた人たちによれば、キリコ同士のぶつかり合いのようなこともあったらしい。 |
1−5 七尾ホテル (0015) ルートイン七尾駅東 501号室![]() |
Copyright ©2009 Junko Honkawa & Norihiro Honkawa. |