2010年3月30日(火)
3-1 朝 入浴十回目 「長寿の湯」 (0540~0610)と朝食(0720~0805)など
noriは朝5時15分位に目を覚ました。さっそくjunを起こして健康チェックをした。junは血圧が高く、noriは血糖値が高い。温泉で療養しているのに、食べ過ぎのみすぎのせいだろうか。
朝は昨日同様「長寿の湯」に行く。女湯の方は掛け湯が熱いだけで、調度良い温度だった。個人客のみだったようで、皆静かに入浴していた。
男湯の方は「苦湯」が熱く、皆「姥湯」に入っていてそこだけ混んでいる感じだった。
noriは混んでいて仕方なく熱い「苦湯」に入った。その後ヒゲを剃ってもまだ「姥湯」が混んでいて仕方なくまた熱い「苦湯」に入った。「苦湯」を出ても時間があったので、今度は「姥湯」に入れたのでそこで時間調整をした。「姥湯」はかなりヌルめになっていた。源泉100%と言うことで、吹雪の中では温度が下がるのだろうか。帰り際に張り紙があるのを発見。天候不順のために「極楽湯の利用はご遠慮願いたい」との趣旨。風呂で遭難ではホテルも困るであろう。更に、「長寿の湯」の方も、今日は清掃日ということで、昼前後までは入れなくなると言う。そうなると、入れる場所は「万天の湯」しかなくなる。これは少し考えなければならない。
6時30分日の出。この頃になると少し青空もみえてきた。7時5分過ぎには風もかなり弱まり、綺麗な雪景色を眺めることができた。
朝食は少し早めの7時20分に行った。相当混んでいて、端の方の席をとろうとすると、その脇に陣取っていた夫婦がくるなという。空いているのではないかというと、じいさまの方が俺が出入りできないからだという。勝手なヤツだ。と言うか混んでいてもこの有様は、およそ協調性のない最低の輩だ。
その後適当な場所を見つけて、食事をした。メニューはほぼ同じ。同じだから少しずつ取っても、食べるものも同じになる。この点は新玉川温泉の方がメニューに工夫がある。というか、こちらは長期滞在者というものはあまりいないようだ。今日もまたパン三個持ち帰りとした。8時5分退出。
3-2 入浴十一回目 「極楽湯」 (0940~1010)
帰ってきてからはゴロゴロしていたが、ふと気づくと9時半をまわっていた。昨日に習って極楽湯にゆくことにした。だいぶ天気が回復してきたので、案の定張り紙も取れていた。
雪道を歩いて行って9時45分に「極楽湯」着。雪はちらついていたが、傘を差して入るほどのことはなかった。
女湯の方ははじめ女の子5人が入っていて賑やかであった。その後その一行が出ると、年輩の人が二人入ってきたが、その人によればフロントで朝は入ることを止められたが、館内放送があって入れるようになったので来たのだそうだ。と言うことは我々は少しフライング、子どもたちを含む家族はもっとフライングなのだろうか。その二人も出た後、少しぬるいので水のホースを横によけて暖かくして入った。本当に極楽だった。
男湯の方もやはり沢山の人達が入っていたが、少しずつ出てきており、noriが着替えて入る頃には親子連れ三人になっていた。その一行もすぐにあがったので、こちらも一人になった。写真を例のようにとったが、途中で電池がなくなった。というか、あまりの寒さで電池の能力が低下したらしい。電池の能力には高度も影響するので、相乗効果もあるのかもしれない。暖めるともとに戻った。ちなみに脱衣所の気温は暖房が入っても6度であった。
noriの方が少し早く出てきて、junが少しのんびり約束の10分を超えて10時12分過ぎに出てきた。それからまた雪道を歩いて、部屋に戻った。
部屋につくと既に布団がたたんだ状態で、片付いていた。前回はツアーだったせいか、布団は敷きっぱなし、湯上げタオルも浴衣もそのままだったが、今回は毎日変えてくれた。勿論お茶セットも新しくなる。前回は二泊なので、二日目までの茶菓子はわかっていたが三日目はどうなるのか興味があったわけだが、このホテルの煎餅だった。junが何故かサワーを所望した。昨日もそうだったのだが、流石に二日続けて言われるとnoriとて邪見には出来ない。サワー一缶を二人で飲むことにした。
3-3 入浴十二回目 「極楽湯」 (1150~1215)
さて少し休んでから、今度も「極楽湯」に行こうということになったが、今回はぐるっと大回りして館内経由で行くことにした。こういうと大げさのようでもあるが、一旦4~5階分下って、それからまた登って「極楽湯」に到着する。しかも建て増しした建物の中を進んでゆくので、優に10分はかかる。途中にエレベータもあるが、やはり歩くことに意義がある、とばかりに階段で移動した。
ちょうど部屋の掃除の時間で、いくつも浴衣などが出されている通路を通過して、ようやく取り付けの上り階段に出る。足元の心もとない老いた男性が降りてきた。なにせ階段が吹き込んできた雪に覆われているので、かなり危険な状態だ。注意深く登って、ようやく「極楽湯」に到着した。
「極楽湯」には、今回は11時50分から12時15分までいた。
女湯の方は今回も二人の子どもがいたが、おとなしい子供だった。婦人の団体が四人いた。この人達が桶を占有していて、かけ湯もままならなかった。このうちの一人の会話では、シワシワで、顔の肌も突っ張って来たという。比較的若い人だったが、やはりそうなるものなのだとjunは思った。かなり水分が取られて干からびたようになる。
男湯の方は誰もいなかった。のんびりゆったりと過ごすことができた。どうも女性のほうが好奇心が強いのだろうか。また写真などを撮り、あがってみると脱衣所の気温は10度になっていた。少し気温も上がってきたと思われる。その頃男性が一人入ってきた。
今回もなかなかjunが出てこなかったが、どうも風呂場の時計が狂っていたようだった。そしてまた、アップダウンを繰り返して部屋に戻った。「極楽湯」を出てから部屋まで12分かかった。
3-5 入浴十三回目 「長寿の湯」 (1345~1410)
今度は「長寿の湯」に行くことにした。今回は13時45分から14時10分まで温泉を楽しんだ。
女湯はかなり空いていた。出る頃になると、少し入ってきた。一度お湯を落として掃除をしたのか、「苦湯」がまだ3/5位しか入っていなかった。相変わらず「かけ湯」は熱かった。ここはしょっちゅう湯の温度を測りに人が入ってきているのだが、どうもその活動が実践に結びついていないようで、かけ湯に限らず温度調整がうまくいっていない場合が多い。ただ、湯船がいくつかあるので、その中から自分にあった温度の物に入ればいいのだが、「姥湯」が好きなjunはそこの温度が最重要だ。今回は良かった。
女湯は人数が少ないので、其々が其々の湯船を占有していた。junは「姥湯」に入り「苦湯」、ついで外に出て「姥苦湯」に入った。風もなく寒くなく、青空も見えて綺麗であった。最後に「姥湯」に入り出た。
男湯も状況はそう変わりはなかった。ただ「苦湯」は8割方満たされていた。人が少ないので、少し写真をとったが、湯気が邪魔して思うようには行かなかった。湯から上がって体を拭いていると、昨日のバンド演奏に加わっていた学生アルバイトの一団が入ってきた。皆精悍な感じの体をしていた。
3-6 入浴十四回目「極楽湯」 (1600~1625)
風呂からあがって部屋に戻り、junは昼寝をした。noriは日記などを書いて時間を過ごした。14時45分になって、実はこの時間は明日の集合時間なので、様子を玄関に見に行った。バスはほぼ満席状態であった。15時には見送りの人が戻ってきたので、定刻に出発したと思われる。
それからロビーでjunは新聞を少し読んで過ごした。部屋に戻り、二人で少し昼寝をした。
そのあと、最後の「極楽湯」にしようと、部屋を出た。今回も迂回コースで、歩いていった。16時丁度に「極楽湯」に着いた。男女とも先客が多数いた。
特に女湯は脱衣かごがjunの分はなく、バスタオルを棚の上において脱がなければならないくらいに盛況だった。それでも湯船がある程度大きいので、温泉自体はあぶれることなく入ることができた。ただこの頃になると青空は消えていたので、晴天の中湯船につかるというjunの目的は達することは出来なかった。
男湯も同様混んでいたが、女湯ほどではなかった。20年前を知っているという人がいて、昔はもっと下の方に浴槽があり、そこに湯治宿があったこと、それが台風で流されてしまったこと、当時の浴槽には鉄泉もあって茶色の湯船と白濁した湯船が一緒にあったことなどを、得意げに話していた。またここが泉源で、プリンスホテルもここから分けてもらっていること、昔プリンスに黒岩と言うオリンピックに出たスケート選手がいたが、それはここの出身だか親戚筋だかと言うこと、向かいの宿はここの兄弟がやっていることなども話していた。そういえば、昨日のバンド演奏の時に、兄弟が紹介されていたが、確かに黒岩某と紹介されていたように思う。
16時25分まで風呂にいて、また戻った。もう今日の20時からのショーの準備の始まっているロビーで熊笹茶をご馳走になって、部屋に戻った。
3-8 フロアショー (2000~2105)
今日もこの時間がやってきた。今夜は「アロハアルフィニティ」というハワイアンバンドということで、いつものように開始15分前に行ったら、これまで5回のうちの一番の盛況ぶりで、我々も席を端にしか占めることが出来なかった。
このバンドはビアガーデンなどに出演しているバンドらしく、ボーカルの人が司会もしたが、滑らかな口調で進行した。今日は臨時にベースに喜寿を迎えた方が加わっていたが、よく溶け込んでいた。
ハワイアンバンドといったが、曲目のうち純粋にハワイアンは途中の一曲とアンコールの一曲のみだった。その他は時にジャズ、時にクラシックと多彩だった。その中で多くを占めたのが、いわゆるムード歌謡に類するもの。お客も乗って、口ずさむ人も多数いた。我々は前回を含めて5回このフロアショーを楽しんだが、今日の出し物が一番このホテルの現在の客層、すなわちその多くが団体バスのツアー客ということを考えると、あっていたように思う。客の多くが楽しんでいたと思う。
残念ながら、今日も最後の抽選会はハズレだった。今日はアンコールも出て、終了時間が少し遅くなった。それ程みな満足だったのだろう。
3-9 入浴第十五回目 「長寿の湯」 (2100~2125)
部屋に戻ってから、荷物の整理を行った。今回は行きにだいぶ酒類等を持ち込んだので、さぞかし空間ができるだろうと思っていたが、途中で買ったタオルスリッパやnoriの職場の土産などで、結構もとの荷姿と同じくらいに一ぱいになった。
さて21時近くになったので、そろそろ今日の終いの風呂にしようと出かけた。行った先は一番近い「長寿の湯」。計算通りで、風呂から帰ってくる人と多数すれ違う。下駄箱を見るとスリッパの数も多くはない。21時丁度から21時25分まで入浴した。
男湯の方は、すこぶる空いていたので、noriはのんびりと各湯船を回った。久しぶりに露天の「苦姥湯」にも入った。外気の寒さはそう感じなかったが、湯温は低かった。
女湯の方も比較的空いていた。熟年のグループが話をしていたのをjunは聞き入っていた。その中の一人が、しきりに玉川温泉を勧めていた。岩盤浴が気に入っているらしく、しきりにその効果などを説明していた。またひとりの人は、昨年同じツアーで来てその時が良かったので、今回も同じ部屋を希望して申し込んだが、違う部屋で不満だという話をしていた。なんと無謀な要求だと思うが、よくしたもので、それをなだめる人もいた。
今夜は宴会を無しにしたので(アルコールが底をついたので)、更には荷造りしてしまってDSなども片付けてしまったので、22時30分には布団に入り寝てしまった。