2010年4月17日(土)
1-1 出発
今回は、ミステリーツアーということで、行き先が全くわからない。ただ、サクラの咲いている所へ確実に連れて行ってくれるというツアーだ。そのせいか今回は4台もバスが出るという人気ぶりだ。我が家は4号車。結構ギリギリになって申し込んだのでそんなものだろう。
朝から冷たい雨が降っていたので、集合の少し前に着くように家を出た。昨夜は4月とは思えない冷え込みで、都心でも積雪があったからだ。関越道路も通行止めになっている。そちらへ行くコースでなければよいのだが、と思いながら、新宿へは集合時刻の20分前に着いた。が、まだ手続きは始まっていなかった。上野から回ってくるのだから、それが遅れているのかと思った。
1号車はほぼ予定通りに出て行った。2号車は添乗員がいて手続きを進めていた。ところが、4号車は集合時刻になってもバスはおろか添乗員も姿を見せない。まだ、やはりバスの来ない2号車の添乗員と集合場所の係員があちこち連絡を取って、ようやくバスはまだ到着しそうもないので、しばらく待ってくださいとの伝達があった。が、それからも時間は進んでいくが、なかなかバスが来ない状態が続く。
寒い中で待つこと40分以上、その頃になって旅行会社が温かい飲み物を買い込んで配り始めた。それで暖をとってという配慮らしい。
ようやくバスが遅れた事情がわかってきた。何とバスは長野からこちらへ向かっているということだ。関越の通行止めが大きな原因らしい。しかもここへ入る入口がわからないということもあったようだ。
それでもどうにかバスがやってきて予定よりも1時間以上遅れて出発した。
やはり本来は関越道路を進んでいく予定だったようだ。が、まだ川越の辺りが通れないらしく、首都高速から中央道に入り、八王子から圏央道に入り、鶴ヶ島からようやく本来の関越に入ることが出来た。かなりの大回りだった。
が、道路は空いていてスイスイ走ることが出来た。高坂でトイレ休憩をして松井田妙義インターで高速を下りた。この頃には天気も回復して青い空が見えるようになってきた。
1-2 群馬さくらの里(1140~1240)
始めの桜は下仁田にあるさくらの里。群馬県の広報によると、
「さくらの里は、昭和52年から57年にかけて造成され、昭和58年4月に開園しました。公園の広さは、47ヘクタールで東京ドーム10個分に相当します。園内には約5千本の桜と3万本の花木が植えられています。4月上旬から5月上旬にかけて約45種類の桜が見られ、また晩秋の頃には二期咲きの桜も見られます。」
ということだ。
園内には昨日の雪がかなり残っており、滑らないように気をつけながら坂道を下っていかなければならないので、足元がおぼつかない。また、桜の方も時期的に早すぎたようで、数えるほどしか満開の花を付けていなかった。花見というより雪見のようだ。
体が暖まるようにとネギ味噌と野沢菜のお焼きを購入。有り難い。バスに戻ってみると既に皆集まっており最後になってしまった。やはり皆さん時間をもてあましたようだ。
1-4 臥竜公園(1510~1615)
食事の後は、またしばらく高速道路を走って、ようやく着いたのは臥竜公園。須坂市までやってきた。ここは2度目になる。
「臥竜公園の桜並木は『さくら名所100選』に選ばれています。池の周りには"ソメイヨシノ"を中心に150本、公園全体で約800本の桜が楽しめます。龍が臥しているように見える臥竜山の美しい松は竜ヶ池に映え、『日本の名松100選』にも選定されています。 公園の設計者は、明治神宮や日比谷公園、小諸懐古園などを設計した日本初の林学博士 本多静六(1866~1952)東京帝國大学農科大学(現東京大学農学部)教授で、昭和6年の築造。」(須坂市観光協会)
ここは桜が真っ盛りで、露店や人であふれかえっていた。湖の周りを1周しながら写真を撮りまくった。サクラの向こうに真っ白な雪を抱いた山が見えて、絶好の撮影ポイントでもあった。また、お天気も良くなったので、池にはボートもたくさん出ていた。
奥には動物園もあるのだが、今回もそちらはパス。
途中の観光協会の案内所でパンフレットをもらったときに、是非持って行ってくださいということで桜祭りのポスターももらった。かなり大きいので持って帰るのに困ると思ったが、あまりにも熱心に勧めてくれるので有り難く頂戴した。これは、しっかり自宅まで持ち帰った。
この日はこれで観光は終わりでホテルへ向かう。何処へ行くのかそれもわからない。まだ教えてもらえないのだ。小布施を通り過ぎた辺りから、もしかしたらと思っていたがやはりバスはそちらへ向かって行った。