第4日目(2004年3月28日)
■シリア砂漠の中央にあるオアシス都市パルミラ遺跡の観光。
■夕刻、遺跡が一望できるアラブ城にて夕陽を見る。
《シャームパレスホテル パルミラ》
【バグダットカフェ】 0915〜9035
今日は楽しみにしていたパルミラへ向かう。ダマスカスからは約250kmの所にある。ために、出発は早く7時30分。
土漠といえるような所をひたすら走っていく。線路があったり、羊の群れがあったりと目新しい光景が見られた。今戦争状態のバグダットへの分かれ道もあった。そんな地域とつながっているのだなと思うと、出発する前にいろいろと心配してくれた人たちの気持ちが、今更のようにわかる気がした。(写真は分岐点。我々は分岐せずにパルミラへの道を進んだが、この遙か先にバクダットがある。)
そんなことを思っているうちに着いたのがバグダットカフェ。きっと平和なときにつけられたのだろうな。ここでトイレ休憩。現地方式だが、きれいなトイレだった。観光客が必ずといって立ち寄るのだろう。この日も、日本の別のツアーと出会った。
左の写真は、バクダットカフェでくつろぐ則。
更に走ること1時間。ようやくパルミラに着いた。
【パルミラ】 1030〜1600
まず今夜泊まるホテルでトイレ休憩をしてから遺跡巡りへと向かう。
○ベール神殿 1050〜1135
最初はベール神殿。これも紀元34年の遺跡だ。コリント式の柱が、390本もあったそうだ。すごいの一言。
大きな石がごろごろしているのは、今までと同じだが、柱もしっかりと残っている。入り口付近の柱の下には、動物専用の丸い入り口がある。ここでもやはり動物が犠牲として神に捧げられた。犠牲祭壇や動物の血を流す穴などがあった。
写真中央が動物用の入り口。右側に壁が見えるが、柱はその内側にあり、つまり壁と柱の間には屋根がわたっており、回廊のようになっていた。
ここにも彫刻がたくさん残されている。石はただ建てればいいという物ではなく、必ずそこに彫刻を施して見応えのあるものに仕上げていたようだ。興味を引いたのは、左上の、女性の姿。ベールを巻いているのがわかるだろう。この遺跡は紀元後の遺跡だから、マホメットはまだ出ていない。つまりこの地方でのベールを巻く習慣は、イスラム以前のものだったと言うことになる。
右はベール神殿の外観。この神殿の回りを回廊が巡っていた。その規模がわかるだろうか。
ここで慌てたおじさんが石につまずいて足を痛めたが、かように足場が悪く、広く、アマ写真家の意欲をそそる所だった。
○エルベラの墓 1140〜1205
次に、墓の谷に行く。12C頃までは、この地方のお墓というのは、四角形の高い答のようなものであって、棺をマンションのように入れていたらしい。これは金持ちの墓ということで4階建ての大きなものだ。といっても全部その人の物ではなく、中は墓の分譲マンションのようになっていた。天井にはきれいに装飾も施されていたが、そんなに派手な感じはなかった。一番保存状態がよいのだそうだ。
墓内部の左の写真でわかるように、一区切りごとに棺が入っていた。そしてその世ここには埋葬者の名前も彫られていた。
そこで終わりかと思ったら、高い所の好きな則は、上まで上るというので仕方なく2人で上った。階段は暗く狭いのでかなり怖い思いをしたが、上は更に狭く怖かった。しかもあまり見晴らしがよいわけでもないので、あんまり上ったかいはなかった。くたびれもうけ・・・
○三兄弟の墓 1210〜1230
次は地下式の墓で、中には彫刻や壁画が残っていてきれいなのだが、撮影禁止なので写真はない。右の写真は仕方なくとった、墓入り口の模様。つまり時代が下ると、上のようなタワー型の墓から、地下マンション形式に移行したと言うことらしい。
○パルミラ博物館 1240〜1310
パルミラ文字やミイラつくりの道具などが展示されている。モザイク画などもあったが、ガイド氏は、ダマスカスにもっといいのがあると言ってあまり説明はしてくれなかった。
ここも撮影禁止なので内部の写真はない。ただ、入り口に大きなライオンの像があった。これは、この遺跡の西側にあったアラート神殿で発見された物をここに展示しているのだそうだ。
写真右は、パルミラ博物館の入り口。門の右のひさしの部分に、ライオンが鎮座まします。
○昼食そして事件 ヘリオポリスホテル 1315〜1425
昼食はすぐ近くのホテルで。遺跡を含むオアシスが一望できる絶景の場所だ。
ここではマンサフというのを食べた。大きなお皿に盛りつけてきた物をまず見せてからみんなに取り分けてくれる。ちょうどパエーリヤのようなものだ。結構美味しかった。
さあ、出発という所でちょっとした事件が起こった。
トイレに行った則がなかなか出てこない。順は、なんて長いんだろうと半ばあきれ顔で待っていたのだが、そろそろ出発時間になっている。困ったなと思ったら、たまたまトイレに行ったガイド氏が笑いながら出てきて、「ご主人トイレから出られない。」と言う。よく意味がわからなかったが、小道具を持った店の人とまた中に入っていくに至って、ようやく閉じこめられて出られないことがわかった。
大笑いしながらバスに乗り込んだときは、とうに出発時間を過ぎていた。
○ローマ遺跡 1445〜1548
午後はまず記念門から入って行った。完全な形ではないが、きれいなアーチで、絵になる門だ。前から後ろから何枚も写真を撮った。その後へ続く列柱道路と合わせてみてここの広さにはビックリするばかりだ。
それにしても列柱道路はいい。すぐに昔にタイムスリップできそうな気になる。
入ってすぐナボ神殿。といってもあまり原型は残ってない。瓦礫の山という感じ。
次はローマ風呂に行った。お馴染みトイレには、則がすぐに座る。
また、ローマ遺跡といえば必ずある円形劇場。やや小さめだが、ちゃんとある。そこの一番高い所からは全体が見渡せてなかなかいい景色だった。
それからアゴラ。取引所もあったようでセリ台もあった。
一部復元されている様子だが、ほぼ完全な形でその姿を見ることが出来た四面門。やや傾きかけた太陽光線に映えていた。
戻りは自由だったので、列柱道路を中心にじっくりと見て回った。こうしてゆっくりと過ごすことで、しばしの間その時代の雰囲気に浸ることができた気がする。これが遺跡観光の醍醐味だと思うのだが、我がグループの人は、写真を撮り終えるとさっさとバスに乗り込んで、遅い我々を待っていた。順さんが写っている写真の後方の山の上に砦のように見えるのが、夕方登ったアラブ城。
【ホテル着】 1600
シャームパレスホテル。229号室。遺跡のすぐそばにある。なかなかきれいだ。部屋は入り口を入って同じ階にあるので楽に行ける。
一通りの観光を終えて、ひとまずはこのホテルに。ここで少し休憩をしてから、夕日を見るためにアラブ城へ出かけるのだ。写真は、アラブ城へ向かう何とも形容しがたい、年代物のバス。
【アラブ城】 1645〜1800
小さいバスに乗ってアラブ城へ出かけた。夕日を見るためだが、まだ少し時間がある。雑談をしながらそのときを待つ。が、何故か則は皆と違う方向を向いてしきりにシャッターを切っている。おかしいなあと思っていたら、則は夕日に染まるパルミラの遺跡を撮っていたのだ。それに対して他の人は、沈む夕日のシャッターチャンスをねらっていたのだ。その違いで、お互いに背を向けるようにカメラを構えていた。ただ、残念なことに、この日は稜線に沈む夕日を見ることはできなかった。その前に、雲にじゃまされてしまったからだ。
残念に思いながらバスで城を下りて行くと、ライトアップされた列柱道路とアラブ城が見えた。暗い中に影が浮かび上がってきれいだった。